昔話:大学の学費の話
Tweet夜中に目が覚めてしまい眠れそうに無いので、ちょっとヘビーな話題を書いてみます。大学の学費の話です。うちは男3人兄弟なのですが、結局大学までいけたのは僕だけでした。
高校の偏差値で言うと、兄貴が家の周辺ではなかなか難関な高校に入れたので、本当は兄貴が行けるはずでした。しかし、高校生の間に成績ががた落ちし、志望校を狙えないほどに落ちてしまいました。
家は飲食店経営だったので、兄貴は後取り候補として、大学を諦めたようです。実際は別の理由があったのかもしれませんが、兄貴は4つ上なので、当時中学3年の僕が知らされていたのはこんな内容です。
一方僕はと言うと、高校は中の上くらいだったのですが、そこそこ無難に高校生活を営んでいたため、内申書が良かったらしく、高校からの推薦枠で、面接のみほぼ試験無しの大学合格が決まってしまいました。私立大学です。
それほど偏差値は高くありません。最近の偏差値はどうなってるのかなーと思って、「入試難易ランキング表[2008学部別ランキング表]」なんてのを見ていますが、本当にど真ん中あたりです。家から車で通えると言うのが最大の魅力でした。
入学が決まり、兄貴が行かなかった分、僕に大学の費用を回してくれようとしたのだと思いますが、私立大学の入学費と授業料というのは莫大です。通常の家計ではありえない金額がいきなり圧し掛かってきます。
結局初めに払うべき、「入学費+1年目の授業料」は事前に全て準備できないことが分かりました。その時初めに考えたのは、「新聞奨学生」という仕組みです。
学費の一部もしくは全額を新聞社が肩代わりする代わりに、在学中新聞配達業務を行うものである。多くは、都市部の新聞販売店に斡旋される。経済的問題を解決できる利点の反面、労働環境は決して良好とは言えない場合が多いとされる。時に奴隷と呼ばれるほどの重労働が課されるケースが発覚する事もあるなど、問題点もある。
説明会を受けにいったのですが、聞いてるだけでも辛そうなのが分かり、半べそをかいて帰ってきてしまいました。
結局自分の家の信用だけでは借金も出来なかったらしく、当時もっとも店の常連だった近所の方に頼み込み、保証人になってもらって100万ほどの借金をしました。
当時の僕は、赤の他人が100万の借金の保証人になってくれると言う意味があまり良く分かっておらず、「○○さんには一生足向けて寝られないんだから!」と親に言われていましたが、適当に生返事していました。今思えば、かなりのハイリスクを背負って頂いたと思います。今からでもお礼を言いに行きたい気分です。
私立大学というのは、通算で言うととてつもない金額が掛かります。うちの両親は、子供の進学の為に備えると言う事をしていなかったため、その後の学費の支払いもなかなか大変だったようです。
初めに借りた100万円は、在学中に自分の家でしていたバイト代と、残りは就職した後、少しずつ返して一応返済しました。ちょっと調べてみたら、私立理系大学の通算学費平均は、700万近くになるそうです。僕が返したと思われる100万でさえ些細な金額です。
そもそも、実家から通っていたので、家に入れるべきお金を返済に回していたようなものなので、自分自身そんなに辛かった記憶はありません。結局その借金も親が返したようなものです。
今は経営難から自営業はたたんでしまいましたが、そもそもの原因の一旦は僕の学費にあるんじゃないかと思うときもあります。
単なる体験談を淡々と書いていきましたが、一番言いたいのは、本当に親には感謝してもしたりないなぁと思うことです。こうやって、普通の企業に勤め、結婚し、子供を育てていけるのも、親が学費を工面してくれたおかげです。実際ネネも大学の同窓生な訳ですから、結婚できたのも、子供を授かったのも、元をたどれば、本当に大学に行けたおかげなんです。
うちの子供にはそういう思いをさせたくないと思い、学資保険と、みーたんの通帳を今から準備して、まずはお年玉からコツコツ貯めていっています。今後は大卒率がもっともっと高くなるので、大学の費用が発生するのは確実でしょう。備えあれば憂い無しって事で。
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